松本孝弘「House Of Strings」

HOUSE OF STRINGS

HOUSE OF STRINGS

 驚いた。何に驚いたって、まずその音質に。

 公式サイトの試聴で聴いたとき、そんなでも無かったので別に期待してなかったのですが、聴いてみてびっくり。うちの安物コンポでも上から下までしっかり出てて、ちゃんと「オーケストラ」してました。それなりのオーディオシステム組んだら、相当な聴き心地なんじゃないでしょうか。それぐらい、意外なぐらいに良い音。この音質だけで、松本孝弘のこのレーベルにかけてる想い(公式サイトのコメント参照)の強さが伝わってきます。

 内容も音質に負けないぐらい素晴らしいもの。僕はこのアルバムのきっかけになった都響との共演を生でもスカパー!でも観られていない(誰か観せて)ので、本番ではどんなもんだったかなんて知る由も無いですが、とにかくオーケストラの力ってのは凄いもので、ほぼ全ての曲がセルフカバーであるにも関わらず、全ての曲が見事に生まれ変わっており、正にその様は「リ・ボーン」。

 例えば「SACRED FIELD」等は、原曲の持つ味を完全に反転させた全く別ベクトルの壮大な曲に仕上がっていますし、「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」や「LOVE PHANTOM」と言ったB'zの楽曲は、オケが強靱になることで、その元々の「メロディの強さ」を浮き彫りにして新たな魅力を魅せてくれますし、他のクリスマスソングのカヴァーや松本のインスト曲も、「如何によく聴かせるか」がよく研究されたアレンジが成され、曲の中に秘められた「何か」を新たに解放してあげたような、そんな魅力に溢れています。

 そして何よりその演奏力。松本のギターに関しては、多少の贔屓目はあれど何の文句も無し。弾きすぎず、かといって大人しすぎず、鳴るべきところで鳴るその音は全てが完璧な合致。音色の選択もハズレ無し、B'z、ソロ、合わせても間違いなくここ数年でのベストアクト。この情感溢れる音運びこそ、ギタリスト松本孝弘の真骨頂であります。

 更にオーケストラも、そのオーケストラ特有の“強さ”を維持しながらも、ギターにしっかり寄り添ったとても美しい旋律。僕にオーケストラの善し悪しなんぞ分かるはずもありませんが、それでもこの音色の融合の妙には、素晴らしいものがあります。

 そんな感じで演奏には何の文句もないというか、期待以上だったのですけども、ただ、アルバムとして観た場合は、正直そんなに良い出来のアルバムではないです。

 というのも、とにかく長い。演奏時間が一時間程度で別に特別長いわけでは無いのですが、ほぼ全ての曲が所謂“オーケストラアレンジ”になってるため、テンポがほぼスローになっています。それは良いのですが、スローなのをアルバムで 9 連発とか平気でやられているため、体感時間がとても長く感じてしまうのです。正直これは辛い。

 これがコンサートだったら良いんですよ。ただ、これはアルバムなわけで、そこにはやはり「構成」が欲しいのです。いくらオーケストラだからと言って、アップテンポとうか激しい曲があっても全く構わないのに、それが「Theme of ULTRAMAN」と「LOVE PHANTOM」の二曲しか無いというのは余りに寂しいし、アルバムとしても変化にとても乏しくなってしまっています。オーケストラを画一的な使い方じゃなく、もっと色んな方向から使ってみる試みも、出来れば欲しかったなぁ、という気がします。ハードロックアレンジにオーケストラが入り込んだって全く構わないわけですし。そうすれば、アルバムとしてのバリエーションも生まれるし、何より松本孝弘自身が更なるギタリストとしての可能性を生めたんじゃないかと、ちょっと惜しい感じが致します。

 それでも、この「音」に素晴らしいものがあるのは変わりありません。世の中の「オーケストラ」の力を知りたい人、「ギター」という楽器の底知れ無さを見たい人、楽器の可能性をまだ知らない人、今、若しくはかつてギター少年だった全ての人は必聴の一枚。全ての音楽を愛する人にオススメ。

 個人的な感想としては、ようやく聴けた「Theme of ULTRAMAN」が期待以上の出来で嬉しい限り。何より、所々に初代ウルトラマンのテーマのフレーズが入っていて、聴いてて楽しいったらありゃしない。あと、「sasanqua 〜冬の陽」とか「Strings of My Soul」なんて懐かしい曲もやってくれてるのも嬉しい。特に後者は、松本インスト作品の中でもトップレベルの作品なので、ここで更に生まれ変わらせてくれたその愛情にリスナーとして感謝したいところです。