稲葉浩志「Peace Of Mind」

 個人的に、稲葉浩志のソロは「マグマ」が最高傑作だと今も思っています。聴いてるこっちがどうにかなりそうなぐらいの内面の吐露であり描写。「ドロドロ」という形容がぴったりなサウンド構築。故に、深く濃ゆい世界が展開されたアルバム、それが「マグマ」でした。このアルバムには、B'zとしてキャリアを重ねている間に稲葉に貯め込められた色々な要素が必要不可欠だったわけで、故にこのアルバムが出てしまったが最後、もう二度と同じものは出ない(キャリアという成長の過程の中での貯金が無くなるから)という、ミサイルみたいな特性を備えていたのだと思います。

 なので、二枚目以降からはそのベクトルが外に向くのは至極当然のことで、そこでまた新たな表現世界でも確立してくれたらそれはそれでオールオッケーだと思っていました。しかし、まさかそれがこんな形に結実するとは夢にも思わず……。

 この「Peace Of Mind」で一番問題なのは、その歌詞です。半ばワンパターン化したB'zでの歌詞を考えれば、それもまた新たな一歩として捉えられるかも知れませんが、前作「志庵」ではまだ“臭わせる”程度だったそれが、今回はとても直接的触れているのです。問題なのは、その歌詞の「直接過ぎる」点。

 僕の極個人的な考えですが、例えば「世界平和」を歌いたい場合、「世界平和」という単語そのものを用いて歌うのはある種の禁忌だと思うのです。それを今回の稲葉はほぼ全曲に渡ってそれをやってのけていて、それはどうなのかなぁ…という気が正直致します。このメッセージを伝えたいのは分かりますが、また別の表現世界を確立してもいない内からそこに手を出すのは、只単に「気取ってる」程度にしか捉えられないよう気がします。それほどに、稲葉がここで訴えるメッセージとは実に稚拙であるし、“投げかけ”で完結する只のうわごとです。これを書いて、「自分のシンガーソングライターとしての姿が見えてきた」等と言っているようでは、ホントいかんのではないかと大変危惧する次第です。そう考えると、素晴らしいと思っていたアートワークに頻繁に登場する鳩も、“そういう意味”なのかと思えてきて……。

 そこ以外の部分は、枚数重ねただけ完成度を上げています。特に楽曲面は、前作で無駄に多かった転調がナリを潜めた代わりに、楽曲構成面での工夫が随所に見られて実に好感触(特にBメロの挿入の有無は面白かったです)。流石に、スティーヴィー・サラスを初めとした豪華な面子と共作しただけの価値はあったように思います。

 ただ、楽曲面の質が上がるに連れて耳につくのは、やはりサウンド面。何故か妙に音が薄いのです。楽器が足りないとかそういうことでなく、単純に音圧が足りてない感じが致します。特にそれが悲惨に出てるのが、M-4の「正面衝突」。この曲は、アルバム中 1 〜 2 を争うハードロックチューンな訳で、故にここで一気にヒートアップさせる必要があるわけですが、恐ろしいぐらいに迫力不足。稲葉のヴォーカルがキンキンにハイトーン故に、バックは低音で支えなければハードロックたる迫力は出得ないのに、そのバックが吃驚するぐらい薄く、特にギターなどはホントにアンプを通しているのか?と言うほどの薄さ。低音域の弱いバックが支えるハードロックチューンなど迫力があるはずもなく、ただただ虚しく響いているだけでありました。

 稲葉ソロのサウンド面の薄さは、前作「志庵」よりもっと前の、シングル「AKATSUKI」辺りから顕著に出ているのですけど、これは一体何なんでしょうか。エンジニアが悪いのか、はたまたアレンジャーが悪いのか、それとも単純に稲葉本人がそういう意向なのか……真実など分かるはずもありませんが、とにかくサウンド面だけで楽曲の魅力を何割かは削っていることは確かで、そこが非常に残念でありました。

 あとは、アートワークがソロどころか、B'z全てを含めても最高の部類の素晴らしさかと思います。とにかく写真が素晴らしいです。構図も小道具も全部しっかり「写真」として意識され、モノトーンで統一されたデザインコンセプトもアルバム内容にマッチしているし、このアートワークだけでも、手に取るぐらいの価値はあると思います。

 三枚目だけあって、アルバムとしての完成度は多分今までで一番だと思います。ただその「完成度」というのは、あくまで「製品」としての完成度であって、本人が言う「シンガーソングライターとしての稲葉浩志」が表現されているかと言えば……。完成度はあるけれど、正直あんまり面白くない、良くも悪くも、実に職業作家的アルバムでした。

 特典映像の方は、ロックオデッセイでの「正面衝突」の模様が収録されてました。一曲だけ、という微妙さも去ることながら、そのパフォーマンス自体も、そう大したものではなく、この程度のものだったら酷評されてもしょうがないかなぁ……と逆の意味でちょっと安心しました。声もそんなに出てなかったし、そもそもバンドとしてのまとまりにまだまだ欠けておりました。良かった……のか?